「弘法筆を選ばず」と言う諺があります。
能書家の空海(弘法大師)がどんな筆を使っても立派な書を書いたことから、名人や達人と呼ばれる人は道具のせいにはせずに道具を見事に使いこなすというものです。転じて「下手な者ほど道具のせいにする」という戒めの言葉でもあります。
しかしながら、その空海は『性霊集(しょうりょうしゅう)』という漢詩文集に「良工まずその刀を利くし、能書は必ず好筆を用う」という言葉を残しています。
これは「腕のある良い職人はまず何よりも先に道具を研ぎ、優れた書家は必ず良い筆を使用する」という意味です。実際、空海は書によって用いる筆を替えていたと言われています。
天才・空海にして用途に応じて筆を選んでいたわけですから、私たちのような凡人が「筆を選ばず」なんて胸を張るのは不遜というものです。凡人こそ用途にあった筆を選ぶべきなのです。